ザ・ドーチェスター、ドーチェスター・コレクションは、英国のホテルインテリアデザインにおいて比類なき個性と魅力を放つ「ザ・オリヴァー・メッセル・スイート」を、今年11月中旬に再オープンします。20世紀を代表する舞台デザイナー、オリヴァー・メッセルが設計した当スイートは、1953年に初めて公開されました。その演劇的精神、妥協のない職人技、文化的意義を継承するために、細部に至るまで徹底した修復作業を実施、当時の姿が再現されました。
修復プロジェクトは、文化的・歴史的な深みと意味のある空間を称えるという、ザ・ドーチェスターの揺るぎない理念を体現するものです。遊び心あふれるエレガンスと重層的なデザインを特徴とするスイートは、英国屈指の熟練した職人や保存修復師が率いるプロジェクトにより、明確さと当初の意図を取り戻します。
想像力と芸術性のレガシー
オリヴァー・メッセルは1904年にロンドンで生まれ、20世紀で最も独創的な舞台デザイナーの一人として知られています。バレエ、オペラ、演劇における革新的な作品で高い評価を受けた後、その幻想的な世界観をインテリアデザインにも応用し、戦後のデザインとして、ロマンチックかつ表現豊かなアプローチを確立。1953年にザ・ドーチェスターで手がけた当スイートは「自分自身が住みたいと」語った空間であり、そのビジョンを最も完全かつ鮮やかに表現した傑作として、今もなお色あせることなく受け継がれています。
当時のオーナー、ロバート・マックアルパイン卿から依頼を受けたスイートは、劇場性、美しさ、工芸が自然に調和したプライベートな隠れ家として構想されました。シルク張りの壁、金メッキのモールディング、シノワズリの鏡、インペリアルイエローのオスマンシルクの天蓋付きベッドによって、夢のような独創的な雰囲気を纏った空間が誕生しました。
スイートの完成を記念し、写真家ノーマン・パーキンソンが、特別なデザインパンフレット用にインテリアを撮影。撮影された写真は、当時のデザインを視覚的に遺す貴重な資料となりました。反響は長く続き、V&A(ヴィクトリア&アルバート博物館)が、オリジナルのスイート(1953年当時)のスケールモデルを、パーマネントコレクションの一つとして所蔵しています。このように、ホテルのインテリアデザインを権威ある機関が認定することは珍しく、イギリスのデザイン史におけるスイートの重要性を示しています。
当時の目的を反映した修復
修復工事により、スイートのすべての要素が1953年の輝きを取り戻しました。修復を主導したのは、イギリスの「王室御用達」認定を受けた保存修復専門会社「Hare & Humphreys」。伝統的な技術を用いた作業は2,000時間を超え、2,750枚以上の23.5カラットの金箔が使用されました。
今回の修復作業の中で発見されたもののひとつに、廊下とドローイングルームをつなぐドーム型天井に描かれた手描きの壁画があります。メッセル自身が描いたバラのアーチは、長い間、ペンキの層の下に隠されていましたが、ペンキを丁寧にはがし、彼とその精神への敬意を込めて復元されました。
ホテルの特別プロジェクトチームは、パーキンソンの写真を含むオリジナルの記録に基づき、すべての詳細が正確かつ意図的に復元されるよう、長期にわたり歴史家と保存修復師と共に作業を推進。素材、形状、光を通じて語られる1953年から続く物語を、忠実かつ丁寧に受け継ぐための一つひとつの選択が、今回の改修に込められています。
メッセルが選んだ花柄のシルクの壁紙は、生地専門店「Sekers」と高級インテリア家具グループ「Sanderson Design Group」とのコラボレーションにより、スイートの修復のために復刻版が制作されました。アザレアピンクのシルクや、イタリア製ベッドの天蓋用のインペリアルイエローのオスマンシルクも同様に復元されました。
デザインの復元と同時に、現代のライフスタイルを反映するための控えめなアップデートも実施。現代的な要素が、精巧かつシームレスに融合されました:Bang & Olufsen のテレビが、メッセルのイラストがプリントされた格納式パネルの後ろに配され、雰囲気を損なうことなく現代の快適性を実現しています。
過去と未来をつなぐ
ザ・ドーチェスターは、スイートの文化的・建築的な重要性を認識し、その長期的な保存をサポートするための専用ケアガイドとスタッフ研修プログラムを導入しました。これは、スイートをゲストのための場所としてだけでなく、イギリスのデザインと職人技を未来に伝える、生きたアーカイブとしての役割を果たし続けるための取り組みです。
ザ・ドーチェスターの新章
ザ・メッセル・スイートは、その存在が象徴しているものだけでなく、その精神を体現する“人物像”ゆえに価値があります。それは、周囲の雰囲気を変えずにはいられない稀有な存在へのオマージュです。メッセルはまさにその一人でした。彼の創造は、平凡さや安全策に甘んじることなく、常に挑戦と表現に満ちていました。ザ・ドーチェスターは、今日においても、分野を問わずメッセルのような人々を称え続けます。
スイートの再オープンは、30年以上にわたるザ・ドーチェスター最大規模の改装工事を経て実現します。客室、「ザ・プロムナード」、「ヴェスパー・バー」のリニューアルに加え、スイートが劇場のような本来の壮麗さを回復したことにより、ザ・ドーチェスターは、進化への新たな一歩を踏み出します。
歴史的なスイートの再生ストーリーは今年11月中旬まで続きます。そして、2026年初頭に、ペントハウスおよびパビリオンの修復を実施予定です。
OLIVER MESSELL
オリヴァー・メッセル(1904-1978)は、20世紀を代表する舞台デザイナーの一人です。幻想とロマンスの卓越した表現で知られ、バレエ、オペラ、劇場、映画など、その魅力的な作品で一躍脚光を浴びました。コヴェントガーデンの「眠れる森の美女」やグラインドボーンの「魔笛」などの舞台セットは、演劇デザインを定義する模範となりました。視覚的なストーリーテリングの才能をインテリアデザインでも発揮し、斬新性、ファンタジー、歴史的な作品のパスティーシュの組み合わせが、新しい顧客層を魅了しました。
ザ・ドーチェスターのために制作した作品は、彼が手掛けたインテリアデザインの最高峰として広く称賛されています。1953年に依頼を受けて設計した、 “彼自身が住みたいと思う” スイートは大きな反響を呼び、ほどなくして、スイートの上階に位置するペントハウスとパビリオンのデザインも手掛けることになりました。
メッセルは、ザ・ドーチェスターの7階と8階の一部を素晴らしい演劇の世界へと一新させました。戦後の素材と“Make do and mend(修繕して再利用する)” 哲学を取り入れ、英国カントリーサイドの魅力と華麗なロココ様式、そして、シノワズリの鏡や鏡面トレリス、枝にとまる鳥のような形をした金色のドアノブなど、幻想的なディテールを融合させました。
大切に保存されてきたこれらのインテリアは、歴史的および芸術的価値を有し、20世紀中期の英国の装飾芸術の傑作として高く評価されています。
英国の文化界の著名人や上流階級からも愛されたメッセルの交友関係には、マーゴット・フォンテイン、セシル・ビートン、マーガレット王女といった面々が名を連ねます。彼のレガシーは、博物館に貯蔵されているコレクションのほか、“メッセルグリーン” のペイントが特徴のカリブのヴィラ、そして最も重要なことに、彼の想像力が今もゲストに驚きと喜びをもたらす、ザ・ドーチェスターの装飾の中で生き続けています。